パスドラ虫
電車の窓に貼られた優先座席を示すシール、「この座席を必要とされる方にお譲りください」の「さい」の上にパスドラの回復ドロップがコピペされていて更にその上にマタニティマークをお持ちの方と書かれている。パスドラの回復ドロップがマタニティマークと等しいことを学習した外国人が俺のほうに首を左に回し、パスドラの回復ドロップを指差して俺に何かを伝えようとしたが宇宙服のヘルメットを二重には飛び越えることはできず、かろうじて口の動きだけが見える。
「オ・モ・テ・ナ・シ」
何を言っているんだ。
彼はパスドラの回復ドロップを大きく毛深い人差指でタッチしながら、それを動かそうとした。斜め移動。縦→横に二手分動かすよりも一手で目的の場所までドロップを移動できる。目的の場所は丸ゴシック体の優先座『席』の字のあたり。
すると不思議なことが起こった。回復マークが彼の指に従い動き出したのだ。思わず彼の顔に目をやると悪戯っぽい顔つきで俺に向かってウインクをした後指をそのまま横に滑らせた。
💖優先座
席
ドロップの位置が入れ替わっていき遂には電車の窓を通して見える風景までが描かれた宇宙に変化していく。BGMまで流れ始めた。
完全だ。完全なるパスドラの世界(無限回廊)だ。
宇宙服のままの俺は体を抑える重力が弱くなっていくのを感じたと同時にまるで胎内記憶が蘇るのように心地良く響くBGMが俺を優しく包み込む。電車の窓は鏡か?仄暗く光るそれは辺りを逡巡するかのように俺と外国人を移しながら何かを語りかけているかのようだった。
重力線を示すヘルメットのシールが背景と溶け合って俺の爪先を指し示す。